日頃の行い

個人的な日頃の行いをつらつら書いてます\\\\ ٩( 'ω' )و ////

猫は同じ餌でも匂いを変えると再び食べるという研究の話を聞いた 〜猫がご飯を食べないとき、ふりかけを変えると食いつきが戻ることがあった話〜

はじめに

www.iwate-u.ac.jp

最近、同じ餌でも匂いを変えると猫がまた食べるようになる、という岩手大学の研究の話を見かけました。
これを見て、うちの猫がご飯を食べなくなる時期があることを思い出しました。同じご飯を出していても、ある時期になると急に食べる量が減ることがあります。当時は季節的なものなのかな、と思っていました。
今回は、その研究の話を軽く触れつつ、うちでは今のところどうやってしのいでいるかを備忘録として残しておきます。

研究の細かい条件まではここでは追いませんが、同じ餌でも匂いに変化があると、猫がまた食べるようになることがある、という内容でした。

論文も公開されていました。
私自身も専門家ではないので、興味がある方は論文本文を読んでみてください。

Olfactory habituation and dishabituation dynamically regulate feeding motivation in domestic cats

軽く論文も見たところ、実験では、まず猫ごとに好みの餌とそうでない餌を調べていました。
面白いのは、好みの餌に変えた場合だけでなく、好みではない餌に変えた場合でも摂食量の回復が見られたことです。
そのため、餌そのものの好みというより、「匂いの変化」が食欲に影響しているのではないか、という主張になっています。
素人の私でも、「好きな餌だから食べたのでは?」という疑問に対してちゃんと検証しているように見えて、納得感のある実験だと感じました。

うちの猫を見ている感じだと、この話は結構しっくりきました。
同じご飯でも急に食べる量が減ることがあるし、逆にふりかけを変えるとまた食べることもあるので、匂いの変化に結構引っ張られているのかもしれません。
もちろん、食べない理由が全部これで説明できるわけではないと思います。体調の問題もあるはずです。
ただ、「同じものだから飽きたのかも」という感覚は、そんなに外していなさそうだなと思いました。

うちの猫の食いつきが悪くなったときにやったこと

はじめにでも触れましたが、うちの猫は過去に何度かフードの食いつきが悪くなった時期がありました。
特に冬頃に起きることが多かったのですが、ちょうど子供が生まれたり引っ越しがあった時期とも重なっていたので、季節の影響なのか環境変化なのかはよく分かっていません。
あの頃はとにかく体重が減っていくので、とても心配でした。
餌を変えたとして本当に食べるのかも不安ですし、どうしようと思った結果、基本的にふりかけに頼っていました。
ふりかけであれば餌そのものは変えずに試せるので、始めやすくて良かったです。

ふりかけを変える運用にしたら結構食べるようになった

最初から何種類かを回していたわけではなくて、以前は1種類のふりかけをしばらく使っていました。

ただ、そのときはそのふりかけにもだんだん慣れてしまうのか、最初は食べていてもまた食べなくなっていきました。ふりかけをかければ解決、というほど単純ではなさそうだなと思ったのを覚えています。

そこから、今はふりかけを何種類か持っておいて、ちょくちょく変えるやり方にしています。今のところは、この方が同じものを続けるより反応が良いことが多いです。
具体的には後述のペティオのフリーズドライを砕いてかけており、一袋終わったら別の味の袋をあけてあげています。

また、食べないことで体重が落ちるのが気になるときは、カロリーが高めなご飯を使うこともあります。これは根本的な解決というより、とりあえず体重を落としすぎないための対応としてやっています。

研究の話を見たあとだと、このやり方で多少ましになるのも、匂いの変化に反応している部分があるからなのかもしれない、と思うようになりました。

個人的に利用しているふりかけ

ペティオのフリーズドライ

いくつかの味がありつつ、一袋が小さいものがあるので、新鮮さを保ちつつあげられ非常に便利です。

ママクック

ママクックは最初の頃によく使っていました。
食いつきはかなり良かったです。

ただ、個人的には少し容量が多く感じて、今はペティオの方を使うことが増えました。
試供品をお願いすることもできるので、最初に試してみるには良さそうです。

www.mamacook.co.jp

まとめ

今のところは、研究で見た話と近い方向で匂いを変えるだけでも結構違う、というのがうちでの実感です。
少なくとも、ふりかけを変えるのはそれなりに効いていそうです。

一方で、餌そのものを計画的に切り替えていくやり方は、まだあまり試せていません。
もしまた同じように食べが悪くなる時期が来たら、今度はそこももう少し意識して見てみたいです。

フードを切り替える場合は急に変えるとお腹を壊すこともあるので、割合を少しずつ変える必要があります。
ちなみに、そういった切り替えの管理用として個人的に作っているNekometryのフード切り替えプラン機能もあります。
元々は自分用に作ったものですが、同じような悩みがある人には多少役立つかもしれないので気になれば見てみてください。

次に同じ問題に当たったら、ふりかけだけでなく餌の切り替え方も含めてもう少しちゃんと見てみようと思いました。

新卒で入ったCARTA HOLDINGS(VOYAGE GROUP)から転籍します ~ 思い出は遠くの日々 ~

はじめに

思い出を語るだけです。この記事は人間がおーがにっくで書いています。
思い出は優しいから甘えちゃだめなんだけど、最後だからね。
全部話しておきたいんだ。

www.youtube.com

これはなに?

自分がいる子会社がカーブアウト、つまりグループから独立する形になったので、実質新卒で入った会社からの退職エントリーです。退職エントリー書いてみたかったんだ。

ちなみに好きな卒業の合唱曲は「流れゆく雲を見つめて」です。

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それかお別れはやはりザナルカンドにてアレンジのEnding Themeですかね。

youtu.be

序章 VOYAGE GROUPを知った

2012年にTreasure / Sunrise / Guildというインターンにいった。
Treasureは研究室の先輩が例年行っていておすすめのインターンになっていた。
その先輩の一人は会社のCTOだし、自分もなんならCTOになっている。おもろい。
Treasureでチームだった一人とはまだスプラやってるし縁というのは大事だ。
SunriseはTreasureの終わりに誘われたので言ったが、何もわからなさ過ぎてよかった。
自分の心を折り、エンジニアリングの深さを知れた。
その時のチームメイトはCEOになってる。おもろい。
Guildは会社の事業部に入って仕事をするというつまりバイトするというインターンだった。
これら全てで関わる人が楽しかったからという理由で会社を選んだ。今も働く環境において変わっていない大切な軸だと思う。

第1章 新卒で入社

2014年に入社した。Guildで所属していたチームに配属。
小規模チームだけど、上長(?)のhogehikoさんは確か未踏スーパークリエータだし、ビジネス側の人はなんかあーだこーだ言ったら的確に理解して物を売ってくるしで強いチームだなと思った。
人数が少なく、誰か1人が欠けるだけで回らなくなる状態を意識すると、自分が今すぐ強くならなければ足を引っ張り続けるという環境だったので良かった。
ビジネス的な視点を持ちながら技術が必要であるという感覚は研究室で言われ続けたので思想はあったが、具体的なロールモデルが出来たのはここだったのかもしれない。

1年目の終わりを待たず事業撤退

2015年1月、1年目にいたチームが事業撤退した。撤退の仕方が微妙でだいぶもやついた。
この前カーブアウトにあたってその時の責任者の人と1on1してもらったんだけど、笑い話的に直接そのときの話を言ったりする感じではあるので、人としてというか事業責任者としてついていくと楽しそうと感じるほどにワクワクする人だったが故に、もやついたんだろうなと思った。
とはいえあの時は自分の能力がないだけなのを人のせいにしていただけで、当時もわかっていたが極めて未熟なのを人のせいにしていただけだったかな。

次に目を向けたとき、異動先はその時新しめな技術を使っていると自分の目では見えていた事業部にわがまま言って異動したいと言った。
なんならやめる気しかなかったが、力がなさすぎるのは話にならんと思って、どれだけしんどくても力をつけられるところにしたいと思っていたからだった。
力を求めすぎて闇落ちしたキャラみたいになってたな。だから元々好きだった幻想水滸伝IIのキャッチコピー認識してより好きになったのかもしれない。

第2章 2年目のサバンナ

結果としてかなりしんどかったが力はついた。しんどかったがな!!
katzchangさんとkirisさんにお世話になって技術力を得たと思う。
しんどいはしんどかったが、ペアプロやたくさんのレビューを経てめちゃくちゃ育ててもらえたなと思う。
このときScalaを仕事で初めて書いたがこれが今でも強く活きている。これがベースと言わざるを得ない。
kirisさんの設計がとてもきれいで感動した覚えがある。ゲームの志向も近かったのですんごい楽しかったなぁ。
技術力というか設計力もそうだが、なぜそのコードにするべきかの選択の指針などいろんなことを吸収出来たと思う。
それだけじゃない、本質的に仕事を進めるとしたらどう動くべきかを余分な部分を削ぎ落としながら学べたと思う。
今思えばコンフォートゾーンとパニックゾーンの瀬戸際で吸収していたんだろうなと思う。
生存バイアスの頂点みたいな成長の仕方をしたなと思ってる。

Darkの存在

Treasureのときのメンバーでコミュニティ作って四半期に一度LT会していた。
心に持った負の気持ちだけで生きていたのでDarkは心地よかった。

dark.connpass.com

少し前に以下の記事を書いたが、心地よい居場所を会社だけにしていなかったから生きやすかったんだなと思っている。

arata.hatenadiary.com

また闇の力を持ってLT会を再開したい気持ちがあるが場所と運用をどうするかだなぁ。

第3章 3年目後半に再度異動

声がかかってHR関係のチームに異動した。概ねこのまま現在の所属に至るという感じ。 正直力をつけたと思ったら辞める気満々だったので見透かされて異動させてもらえたんだろうなと思ってる。

今思ったが自分の技術的な記憶、1、2年目に凝縮されてるんだな。
そこでほとんど全てのベースがぼんやりとあって、それを活用する機会を与えられていた。
言われたものをそのまま別の場所に適用して上手くいくはずがないと思ってはいたが、思ったより上手くいかなくて一生試行錯誤し続けていたなとは思う。
結局ここでも、かなりしんどい思いはしていたのか。
活かす経験をもらえたのはありがたかったな。

第4章 7年目にプレイングマネージャー

ちょっと相談あるんだけど飲みに行かない?って取締役と事業責任者の飲みに誘われたのを覚えている。
なんもないよ!って言われたけど、その顔ぶれでないわけがなかった。
結果として、当時のマネージャーにいた人が異動となり自分がマネージャーになることになった。
視野を広げる良い機会だと思ったのを覚えている。立場が自分を成長させてくれるのではと思って、べき論だけで言えば話を受けたほうが良い。やりたいやりたくないを別としてと思った記憶がある。
やりたくないという思いはエンジニアリングから離れてしまう可能性を危惧してのことだったが、そんなのやれば良いんだろと思っていたな。こうやってプレイングマネージャーが生まれるのである。

そこから今5年ほど。色々とあったなと思うが、今この時間で思ったときに1、2年目のときほどの威力はないかなと感じている。
1、2年目はコンフォートゾーンの外側というかパニックゾーンだった気がするが、そこでの成長感覚はレベルが違う(用法用量を守らない動きだったからだとは思うが)
とか思っていたけど、単純に安定性を持った(個の成長と今の妻との生活が始まった)ために許容度が高まりコンフォートゾーンが広がっていたのかもしれない。

第5章 12年目にCTO

社内でE4という上位グレードになりたくてまずは事業部で成果を上げようと息巻いていた。
それもそれなりに上手く回ってかCTOにはなれた。よかった(?)
が、結局カーブアウトで出ていくので当初の目的(E4になりたい)は果たせないでの終わりとなるのが残念ではある。
カーブアウトにあたって、勝手に作っていた壁を破壊して昔の自分、つまりは本質的な自分の動きが戻った気はしており、これが元からできていればもしかしたら上がっていたのかもしれないなとは思った。なれる保証はないが道はそこだったのではないかという意図。結局自分の強みを活かさなきゃ何にもなれない。スプラも仕事もスポーツも個人の成長に関するものは全て一緒。
諸刃の剣ではあるが、マネージャーになる前の切れ味ある自分の良さを全面に出さなきゃ今の状態から変容はできないのだから良い機会だったのかも知れない。
成人発達理論を学ぶ過程のどこかであった気もしなくはないが、自分の普段が破壊されるようなデカいイベントで変容できるかは大事だよなと思った。

間章 その他の思い出

voyarockサークルの演奏

思い返したら思ったよりは演奏していた。
もっとしてないと思った。

思い出深いのは四魔貴族とsecret base。 四魔貴族はE4 2人に容赦なく鍛えられた四魔貴族、みたいな記憶がある(れぞのドラムが走ったのが悪い) 本番というよりはベース(?)弾けるhagino3000さんにそこまで弾けるようになりたいぼやいたら、弾けるようになればいいんだよと言われたのを今でも覚えてる。
ソフトウェアエンジニアからデータエンジニアに0からなった人に言われてぐうの音も出なかったが、自分が脳筋な気持ちもあるのでそれはそうかと思って今でも大事な気持ちとして持ち続けている。
出来ないなら出来るようになれば良い。出来ない理由を探している間に出来るためにどうするかを死に物狂いで考え行動することが大事であると思っている。

四魔貴族ピアノ演奏おすすめ
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secret baseは最後のサビ一個分まるまる飛んで練習と違う流れになりどうするんだこれ?となったが、ドラムとバイオリンのカバーでどうにかなったのも覚えている。
視聴者は自然で気づいてなかったような雰囲気だったのでおもしろかった。

secret baseピアノ演奏おすすめ
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忘れられない風景が、こんなささいなことなんておかしいよね。

終章 13年目の今カーブアウトに直面して

残る選択肢はあった。が、選ばなかった。
これは良くも悪くも自分が楽しかったあの頃はもうないと感じているのが大きいポイント。
書いていても思ったが、自分が好きで楽しかったあの頃というのは1、2年目であってもう今ではない。
今も楽しもうと思えば出来るが、自分にとって大事だったのは、"当時いた人々" だった。
技術力と人の両方が重要で、技術力は当然今でも周囲の人たちにもあるが、人は自分の思い出の中にいて、もうほとんどいなかったなと感じてしまった。思い出補正を超える思い出を作れていないと思った。
「思い出は優しいから甘えちゃダメなの」というFFⅩのフレーズがよくよぎるんだがその通りだなと思う。
今の環境に何を思っているのかを考え直した時、ただただその優しさに甘えていただけなんだなと思った。

それを踏まえてフラットに考えてどうするかなので、その中で自分が良いと思う選択肢を取っていき続けるだけだなと思って今は転籍の選択肢を取った。
その先で自分の大事なものは何かを考え行動し続けていきたい。

これも「予期された喪失」の対応として、なくなったものとして見ようとしている防御反応の可能性もあるが、今の自分の決断を信じてやっていきたい。

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まとめ

  • 無理の仕方は間違えないように自分自身を注視しつつ、それでも泥臭くコンフォートゾーンの外側に居続け、自分の幅を広げよう
  • 縁は人生を豊かにしてくれるので色んな関わりを持って会社の内外問わず思い出を作ろう
  • クソお世話になりました!この恩は一生忘れません

組織が変わると聞いて感じた“なんかしんどい”の正体 〜予期された喪失に向き合った話〜

はじめに

2026年4月1日、所属している子会社がホールディングスから独立することが発表されました。
この話は、もっと前の12月ごろから関係者として聞かされていました。面白そうだと思う気持ちもあれば、漠然とした不安もありました。
いろいろ咀嚼したあとに残ったのは、うまく言葉にできない「なんかしんどい」という感覚でした。
そのときに感じた「なんかしんどい」の正体をあとから整理すると、「予期された喪失」にかなり近い感覚だったようです。
この記事では、そのしんどさをどう言語化して、どう向き合ったかを個人の備忘録として残します。

なんかしんどくなったのでChatGPTに相談した

最初はそれが何に対するしんどさなのか、うまく言葉にできませんでした。
会社が変わることへの不安なのか、慣れ親しんだ環境から離れる寂しさなのか、自分が大事にしていたものが失われるように感じたからなのか。
いろいろな感情が混ざっていて、かなりメンタルに来る類のものでした。

話を聞いたのが金曜日で、土曜日はひたすらにChatGPTに自分の状態を話し、しんどさの原因を明確にしていく作業をしていました。
その中で、「予期された喪失(anticipatory grief)」と単語が出てきました。
まだ完全に失ってはいないけれど、高い確度で失われるとわかっているものに対して、先に悲嘆反応が起きる、という話です。

これを知ったとき、自分の中で起きていたことはかなりこれに近いのかもしれないと思いました。
まだ終わっていないけど、このままではこれまでと同じ形では続かないこともわかっている。
しかも、それは自分の意思だけで止められるものではない。
そういう状態が、ずっと心を緊張させ続けていたのだと思います。 実際、自分の中でもかなり近いことが起きていた感覚がありました。

この言葉を知ったことで、今のしんどさは単なる気の持ちようではなく、ある程度名前のつく反応なのだと理解できました。
状態に名前がついただけでも、少し楽になった感覚がありました。
ChatGPT、とても便利。

自分が失いそうだと感じていたもの

整理していく中で、これは単に「会社が変わるのが不安」という話ではなさそうだと思うようになりました。
もちろん、組織や制度や働き方が変わることへの不安もありました。
ただ、自分の中で一番大きかったのは、これまで自分が大事にしてきた環境が、もう同じ形では続かないかもしれないという感覚でした。

振り返ってみると、自分が強く反応していたのは、単に今の文化が好きだったからというより、そこで学び続けられる感覚を大事にしていたからなのだと思います。
周囲のエンジニアと話していると自然に刺激を受けたり、何気ない会話から新しい観点をもらえたり、自分ももう少しちゃんとやろうと思えたりする。
そういう環境が、自分にとってかなり大きな意味を持っていました。

だからこそ、環境が変わることでその感覚が弱くなるかもしれない、ということに強い喪失感がありました。
自分たちの力でやっていけるのかという不安ももちろんありましたが、あとから振り返ると、中心にあったのはそちらよりも「学び続けられる環境を失うかもしれない」という感覚だったなと思います。

このあたりまで言葉にできて、ようやく自分のしんどさの輪郭が少し見えてきました。
会社が変わることそのものというより、その会社に紐づいていた人との関係や、文化や、学び続けられる空気のようなものが失われるかもしれないことに反応していたのだと思います。

もう失ったものとして受け止める

ChatGPTと対処法を整理していく中で、まだなくなっていないから変えられるのではないか、という気持ちが自分の中に残っていると気づきました。 その期待が緊張をほどけなくしていて、しんどさを長引かせていたのかもしれません。 なので、自分の中では一旦「これまで当たり前にあった環境は、もうないんだ」と置くようにしました。
これは、諦めるというより、「まだ元に戻せるのではないか」という緊張を手放すための整理に近いです。 もちろん、すぐに割り切れるわけではありません。
長くいた環境であればあるほど、そこに対する愛着もありますし、簡単に切り替えられるものではないと思います。

ただ、「まだあるもの」としてしがみつくより、「これまであった大事なもの」として扱った方が、自分としては少し向き合いやすくなりました。
好きだったことや、ありがたかったことをなかったことにするのではなく、ちゃんと大事なものだったと認める。
そのうえで、それが今後も同じ形で続くとは限らない、と受け止める。

この順番にしたことで、気持ちが少し落ち着いた感じがあります。
無理に前向きになろうとするより、まずは失われるかもしれないものを喪失として扱うことが、自分には必要だったのだと思います。

自分が大事にしているものを、所属だけに預けすぎない

もうひとつ考えたのは、学び続けられる環境を所属だけに預けすぎない方が良い、ということでした。
自分がしんどかった理由の中心に「学び続けられる環境を失うかもしれない」という感覚があるなら、その環境を会社の所属だけに依存させすぎるのは、今後も少し危ういのだと思います。

もちろん、会社の中に良い文化や良い人間関係があることは、とてもありがたいことです。
自分もそこにかなり助けられてきました。
ただ、それがいつまでも同じ形で続くとは限りません。
組織変更もあるし、人の異動や退職もあるし、事業のフェーズが変わることもあります。

だから、自分の学習欲や成長のきっかけを、もう少し複数の場所に分散させておくと良さそうだと思いました。
たとえば、信頼できる人との1on1を続けること。
社外のコミュニティや勉強会に顔を出すこと。
普段から技術の話ができる人を少しずつ増やしておくこと。
そういう場所を持っておくと、所属する環境が変わったときにも、自分の中の学び続ける感覚を完全には失わずに済むのかもしれません。

これは、会社に期待しないという話ではありません。
むしろ、自分にとって大事なものだったからこそ、それをひとつの所属に全部預けきらない方が良いのだと思います。
会社の中にある良いものを大事にしつつ、外にも自分の足場を少しずつ作っておく。
今のところ、自分にとってはそれが今回の変化への向き合い方のひとつになっています。

まとめ

今回のことで自分がいちばんしんどかったのは、単に環境が変わることそのものというより、学び続けられる環境が失われるかもしれないと感じたことだったのだと思います。
それは「予期された喪失」という言葉でかなりしっくり説明できるものでした。

自分にとっての向き合い方は、まずそれを喪失として受け止めることでした。
その上で、学び続けられる場所を所属だけに預けすぎず、自分でも少しずつ持ち直していくことが大事なのだと思っています。

自分では変えられない外部要因で環境が変わるとき、気持ちがついていかなくなるのはかなり自然な反応だと思います。
もし似たしんどさがあるなら、まずは「何を失いそうでつらいのか」を言葉にしてみると良さそうです。
そのうえで、信頼できる人に話すこと、所属の外にも学びの足場をひとつ作ることから始めると、少し向き合いやすくなるかもしれません。

こちらもおすすめ

築10年ほどの中古戸建てでクロスの剥がれを修繕した ~ 修繕用に買ったものと参考にしたもの ~

以前別の記事でも書いた通り中古戸建てを購入し、今その家に住んでいます。

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築年数としてはおよそ10年ちょっとで、設備や内装もまだ十分きれいですが、ちょこちょこクロスが剥がれていたりする箇所がありました。
購入前のホームインスペクションの結果、水漏れとかではないということは既にわかっていたので、純粋に修繕すればよかったのですが、具体的にどうしたら良いかなどの知識が全くなかったので調べて実施してみることにしました。
その時の備忘録です。
最終的に1000円ほど補修関連のものを購入し、きれいに修繕できました。

クロスが剥がれている様子

まずどんな状態かですが、以下の写真のような状態のものが数カ所ありました。
すごく剥がれているわけではないが、遠目から見てもわかるので気にならないわけではないという感じです。

クロスの剥がれ

参考にしたもの

とにかくYouTubeで方向性を知る!そしてChatGPTで根拠を理解する!って流れです。
とりあえずクロス修繕とかで検索して以下あたりの動画を見ました

www.youtube.com

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強く参考にしたのは初めの動画でした。

ボンドの種類に悩む

メジピタというのが良いという主張を受け取ったんですが、Amazonでクロスの修繕で検索して出てくるものと何が違うのかがわからなかったので、ChatGPTに聞いたりしました。

その時の自分の理解としては、壁紙補修用の接着剤として、樹脂系統の違いがあり、樹脂系統には以下があると知りました。

  • PVAc(酢酸ビニル樹脂エマルション)
  • EVA(エチレン酢酸ビニル樹脂エマルション)

PVAcは簡易補修向けで、EVAは耐久性が高いという理解で、上記で出たメジピタというのはEVAのものでした。

しかし、メジピタはAmazonでは見つからず、楽天市場では売っているんですが、見つからないならPVAcのものでもいいかなーって思っていたところ、
PVAc系の製品のAmazonレビューに「これならコニシのボンドで良かったわー」と書いている人がいて、見に行ったらこれは変性EVA樹脂系エマルジョン形と書かれており、
じゃあおそらくこの方がええやんけとなってこれを使うことにしました。

用意した道具・材料

ボンドとローラーだけで900円ほどです。
マスキングテープを100均で揃えても1000円ほどでしょうか。

コニシ ボンド 壁クロス用 60g

上記で挙げた接着剤で、今回の主役です。

メジピタは楽天市場で売っているのでそちらでも良いかもしれません。

建築の友 クロス補修ツール

ローラーを使って壁にくっつける形で圧力をかける必要があるのでそのためのものです。

イメージはこうです。

www.youtube.com

マスキングテープ

ぱっとみくっついていたとしても固まるまでくっついていたほうが良いとChatGPTに言われたので家にあるマスキングテープで24時間(18時間くらいで剥がしましたが)固定するべくマスキングテープもあったほうが便利です。

100円均一のもので十分です。

(天井の場合)脚立

引っ越し前に脚立を買っていてそれを利用しました。
ちょっと背が高めのものだったので天井作業も余裕でした。

クロスの剥がれが修繕された様子

クロスと壁の間に塗って、ローラーでくっつけて、余分な接着剤を何かしらで拭き取り、マスキングテープで固定し約1日弱止めてあけた後がこちらになります。
しっかりみるとなんか線が見えますが、遠目で見るとあまり気にならなくなりました。

クロスの剥がれだったもの

まとめ

クロスの剥がれを修繕してみました。
予算はクロスの剥がれ修繕だけを考えると1000円程度で、天井の場合は脚立が必要になり、ものによってはもうちょいかかります。
修繕してからまだ数日なので剥がれてくるということは見られませんが、結構強くついているように感じるので、それなりの期間は大丈夫なんじゃないかなぁと感じています。
その後なにかまたあれば書いていこうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。良き修繕ライフを。