はじめに
2026年4月1日、所属している子会社がホールディングスから独立することが発表されました。
この話は、もっと前の12月ごろから関係者として聞かされていました。面白そうだと思う気持ちもあれば、漠然とした不安もありました。
いろいろ咀嚼したあとに残ったのは、うまく言葉にできない「なんかしんどい」という感覚でした。
そのときに感じた「なんかしんどい」の正体をあとから整理すると、「予期された喪失」にかなり近い感覚だったようです。
この記事では、そのしんどさをどう言語化して、どう向き合ったかを個人の備忘録として残します。
なんかしんどくなったのでChatGPTに相談した
最初はそれが何に対するしんどさなのか、うまく言葉にできませんでした。
会社が変わることへの不安なのか、慣れ親しんだ環境から離れる寂しさなのか、自分が大事にしていたものが失われるように感じたからなのか。
いろいろな感情が混ざっていて、かなりメンタルに来る類のものでした。
話を聞いたのが金曜日で、土曜日はひたすらにChatGPTに自分の状態を話し、しんどさの原因を明確にしていく作業をしていました。
その中で、「予期された喪失(anticipatory grief)」と単語が出てきました。
まだ完全に失ってはいないけれど、高い確度で失われるとわかっているものに対して、先に悲嘆反応が起きる、という話です。
これを知ったとき、自分の中で起きていたことはかなりこれに近いのかもしれないと思いました。
まだ終わっていないけど、このままではこれまでと同じ形では続かないこともわかっている。
しかも、それは自分の意思だけで止められるものではない。
そういう状態が、ずっと心を緊張させ続けていたのだと思います。
実際、自分の中でもかなり近いことが起きていた感覚がありました。
この言葉を知ったことで、今のしんどさは単なる気の持ちようではなく、ある程度名前のつく反応なのだと理解できました。
状態に名前がついただけでも、少し楽になった感覚がありました。
ChatGPT、とても便利。
自分が失いそうだと感じていたもの
整理していく中で、これは単に「会社が変わるのが不安」という話ではなさそうだと思うようになりました。
もちろん、組織や制度や働き方が変わることへの不安もありました。
ただ、自分の中で一番大きかったのは、これまで自分が大事にしてきた環境が、もう同じ形では続かないかもしれないという感覚でした。
振り返ってみると、自分が強く反応していたのは、単に今の文化が好きだったからというより、そこで学び続けられる感覚を大事にしていたからなのだと思います。
周囲のエンジニアと話していると自然に刺激を受けたり、何気ない会話から新しい観点をもらえたり、自分ももう少しちゃんとやろうと思えたりする。
そういう環境が、自分にとってかなり大きな意味を持っていました。
だからこそ、環境が変わることでその感覚が弱くなるかもしれない、ということに強い喪失感がありました。
自分たちの力でやっていけるのかという不安ももちろんありましたが、あとから振り返ると、中心にあったのはそちらよりも「学び続けられる環境を失うかもしれない」という感覚だったなと思います。
このあたりまで言葉にできて、ようやく自分のしんどさの輪郭が少し見えてきました。
会社が変わることそのものというより、その会社に紐づいていた人との関係や、文化や、学び続けられる空気のようなものが失われるかもしれないことに反応していたのだと思います。
もう失ったものとして受け止める
ChatGPTと対処法を整理していく中で、まだなくなっていないから変えられるのではないか、という気持ちが自分の中に残っていると気づきました。
その期待が緊張をほどけなくしていて、しんどさを長引かせていたのかもしれません。
なので、自分の中では一旦「これまで当たり前にあった環境は、もうないんだ」と置くようにしました。
これは、諦めるというより、「まだ元に戻せるのではないか」という緊張を手放すための整理に近いです。
もちろん、すぐに割り切れるわけではありません。
長くいた環境であればあるほど、そこに対する愛着もありますし、簡単に切り替えられるものではないと思います。
ただ、「まだあるもの」としてしがみつくより、「これまであった大事なもの」として扱った方が、自分としては少し向き合いやすくなりました。
好きだったことや、ありがたかったことをなかったことにするのではなく、ちゃんと大事なものだったと認める。
そのうえで、それが今後も同じ形で続くとは限らない、と受け止める。
この順番にしたことで、気持ちが少し落ち着いた感じがあります。
無理に前向きになろうとするより、まずは失われるかもしれないものを喪失として扱うことが、自分には必要だったのだと思います。
自分が大事にしているものを、所属だけに預けすぎない
もうひとつ考えたのは、学び続けられる環境を所属だけに預けすぎない方が良い、ということでした。
自分がしんどかった理由の中心に「学び続けられる環境を失うかもしれない」という感覚があるなら、その環境を会社の所属だけに依存させすぎるのは、今後も少し危ういのだと思います。
もちろん、会社の中に良い文化や良い人間関係があることは、とてもありがたいことです。
自分もそこにかなり助けられてきました。
ただ、それがいつまでも同じ形で続くとは限りません。
組織変更もあるし、人の異動や退職もあるし、事業のフェーズが変わることもあります。
だから、自分の学習欲や成長のきっかけを、もう少し複数の場所に分散させておくと良さそうだと思いました。
たとえば、信頼できる人との1on1を続けること。
社外のコミュニティや勉強会に顔を出すこと。
普段から技術の話ができる人を少しずつ増やしておくこと。
そういう場所を持っておくと、所属する環境が変わったときにも、自分の中の学び続ける感覚を完全には失わずに済むのかもしれません。
これは、会社に期待しないという話ではありません。
むしろ、自分にとって大事なものだったからこそ、それをひとつの所属に全部預けきらない方が良いのだと思います。
会社の中にある良いものを大事にしつつ、外にも自分の足場を少しずつ作っておく。
今のところ、自分にとってはそれが今回の変化への向き合い方のひとつになっています。
まとめ
今回のことで自分がいちばんしんどかったのは、単に環境が変わることそのものというより、学び続けられる環境が失われるかもしれないと感じたことだったのだと思います。
それは「予期された喪失」という言葉でかなりしっくり説明できるものでした。
自分にとっての向き合い方は、まずそれを喪失として受け止めることでした。
その上で、学び続けられる場所を所属だけに預けすぎず、自分でも少しずつ持ち直していくことが大事なのだと思っています。
自分では変えられない外部要因で環境が変わるとき、気持ちがついていかなくなるのはかなり自然な反応だと思います。
もし似たしんどさがあるなら、まずは「何を失いそうでつらいのか」を言葉にしてみると良さそうです。
そのうえで、信頼できる人に話すこと、所属の外にも学びの足場をひとつ作ることから始めると、少し向き合いやすくなるかもしれません。
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